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最高裁判所第三小法廷 昭和55年(オ)188号 判決 1982年9月28日

上告人

東京海上火災保険株式会社

右代表者

石川實

右訴訟代理人

田中登

被上告人

笠間一夫

被上告人

笠間ふく子

右両名訴訟代理人

坂根徳博

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人田中登の上告理由について

原審が適法に確定したところによれば、本件普通保険約款第四章一七条には、被保険者の保険者に対する保険金請求権は、損害賠償責任の額について被保険者(加害者)と損害賠償請求権者(被害者)との間で判決が確定したとき又は裁判上の和解、調停もしくは書面による合意が成立したときに発生し、これを行使することができると規定されていることは、所論のとおりであるが、右規定及び本件保険契約の性質に鑑みれば、右保険約款に基づく被保険者の保険金請求権は、保険事故の発生と同時に被保険者と損害賠償請求権者との間の損害賠償額の確定を停止条件とする債権として発生し、被保険者が負担する損害賠償額が確定したときに右条件が成就して右保険金請求権の内容が確定し、同時にこれを行使することができることになるものと解するのが相当である。そして、本件におけるごとく、損害賠償請求権者が、同一訴訟手続で、被保険者に対する損害賠償請求と保険会社に対する被保険者の保険金請求権の代位行使による請求(以下「保険金請求」という。)とを併せて訴求し、同一の裁判所において併合審判されている場合には、被保険者が負担する損害賠償額が確定するというまさにそのことによつて右停止条件が成就することになるのであるから、裁判所は、損害賠償請求権者の被保険者に対する損害賠償請求を認容するとともに、認容する右損害賠償額に基づき損害賠償請求権者の保険会社に対する保険金請求は、予めその請求をする必要のある場合として、これを認容することができるものと解するのが相当である。

そうすると、原審の適法に確定した事実関係及び記録にあらわれた本件訴訟の経過のもとにおいて、以上と同趣旨の見解のもとに、被上告人らの上告人に対する保険金請求を認容した原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(木戸口久治 横井大三 伊藤正己 寺田治郎)

上告代理人田中登の上告理由

原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違背があり破棄されるべきである。

すなわち、本件交通事故の加害車両には、自動車損害賠償保障法に基く自動車損害賠償責任保険(いわゆる自賠責又は強制保険)とは別に、一審被告山龍産業と上告人との間に自動車保険契約(いわゆる任意保険)が締結されており、同契約は昭和五一年一月改訂の自動車保険普通保険約款(昭和五二年八月三〇日付一審被告答弁書にその一部の写を添付、なお、本理由書末尾に全文写を添付)に基くものであるところ、被上告人は右約款に定めのない被害者の直接請求権を認めるよう主張し、予備的に債権者代位権に基き一審被告山龍産業の有する保険金請求権を代位行使していずれも上告人が被上告人らに対し直接保険金を支払うよう請求したのに対し、一審判決はいずれもこれを否定したが、原判決は被害者の直接請求権を否定したものの、債権者代位権に基く請求については将来の給付の請求としてこれを認容し、被上告人らの一審被告山龍産業に対する判決が確定したときは上告人が被上告人らに対し直接保険金を支払うよう命じたものである。

しかしながら、右は債権者代位権の行使につき法の解釈を誤つた違法があるのみならず、被上告人らが現在の給付のみの請求をしているのに拘らず、将来の給付の請求がこれに含まれるとして被上告人にこれに関する防禦の機会を与えることなく安易に将来の給付を認める条件を肯認した違法があり、これらは明らかに判決に影響を及ぼすことが明らかである。これらの点を各別に論ずると次のとおりである。

第一点 本件約款第四章第一七条によると、被保険者の保険会社に対する保険金請求権は、損害賠償貴任額について被保険者と損害賠償請求権者との間で判決が確定したとき又は裁判上の和解、調停もしくは書面による合意が成立したときに発生し、これを行使することができると規定されており、このことは原判決も認めているところであるが(原判決八丁目裏)、このように単に履行期未到来というだけではなく発生及び行使そのものにつき不確定な条件のある債権についてまで代位行使を認めることは行きすぎであり、債権者代位権を認めた本来の趣旨や解釈を逸脱しているものと解せられる。

すなわち、債権者代位権の要件のひとつとして債権者が自己の債権を保全する必要があることが挙げられているが(於保不二雄「債権総論」法律学全集二〇巻一六三頁、我妻栄「債権総論」民法講義四巻一六〇頁)、交通事故による損害賠償請求の場合において加害車両につき充分な保険金額の自動車保険(任意保険)が付保されているときは債務者が唯単に一般的な意味での資力(自動車保険によらないでも損害賠償を支払う能力)がないというだけではこの要件を充足するとは云い得ないと解するのである。本件の場合、一審被告山龍産業は、確かに一般的な意味での資力に乏しく、この点につき当事者間に争はなかつたものであるが、本件自動車保険契約の保険金は四、〇〇〇万円であり(この点も争いがないことは一審判決事実摘示のとおり)、これは自動車損害賠償責任保険(本件では保険金額は一、五〇〇万円)のいわゆる上乗せ分であつて被上告人の請求全額を優に上廻るものであり、仮に一審被告山龍産業に支払停止等不測の事態が発生し、他の債権者から差押をうけ得る状況でもない限り上告人らが本件損害賠償請求権を保全する実質的必要性があるとは到底考えられない。けだし、上告人のみならず一般に保険会社は被保険者の損害賠償責任額が確定した時は遅滞なく保険金を支払つており(殆んどの場合被保険者の支払指図により直接被害者に払つている)、又、この場合は約款上被害者にも直接請求権が認められるので(第一章第四条)、保険会社が被保険者に保険金を支払い被保険者がこれを費消して被害者が事実上損害賠償をうけられないという結果は生じていないからである。なお本件でも支払済である。

原判決は、現在の給付の請求としての債権者代位権の行使を否定しながら、本件のごとく被害者が加害者に対して損害賠償を請求するとともに、保険会社に対し保険金請求権を代位行使して保険金の支払を併せ請求し、併合審判のなされる場合においてはとの条件を付加し、将来の給付の請求としてこれを認容しているが、上告人が指摘する前記債権者代位権の本来の趣旨や必要要件を満足させる理由として極めて不充分であり、右付加条件にしても便宜的にすぎるものと解せられ、結局この点に関する法の解釈を誤つたものと思料する。

たとえば、併合審判とはいつても上訴に関し確定が区々となる事態を避け得ないし(現に本件でも上告は保険会社のみが行つている)、その場合損害賠償責任額と保険金支払額との間の相違や矛盾が生じることは明かであるからである。

第二点 前記のとおり一般に保険会社は、被保険者の損害賠償責任額が確定した時は遅滞なく保険金を支払つており、本件約款第一章第四条によれば、この場合には被害者にも直接請求権が認められている。

従つて、将来の給付の請求として保険金請求権の代位行使を認めるか否かについては当然右の事情を考慮に入れる必要があると解せられるところ、原判決はこの点につき双方当事者に何ら釈明することもなく被上告人らに現在の給付のみの請求を継続させながら、判決において突然将来の給付の請求として保険金請求権代位行使を認め上告人に防禦の機会を失わせたもので、この点は甚だ不公正であり不当であると思料する。又そのために将来の給付の請求を認める条件につき、単に一審被告らが争つていること及び速かな救済が必要であることのみを挙げることにとどまり審理を尽していない結果を招いており、この点も到底首肯し得ないところである。

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